🔰 乃木坂46を知る
演劇分野での活躍の原点
1期生の西野七瀬さんや、3期生の山下美月さんなど、乃木坂46にはドラマや舞台などの演劇分野で活躍するメンバーが多くいますが、その原点となっているのが舞台「16人のプリンシパル」です。
「16人のプリンシパル」が初めて行われたのは、デビューから約半年が過ぎた2012年9月、渋谷のPARCO劇場で上演されました。
この舞台は2幕構成の独特なシステムで、第1幕は全メンバーがオーディション形式で特技や役に対する思いなどをアピールし、それを見た観客が支持するメンバーに投票を行い、その上位16名が第2幕のミュージカル「アリス in 乃木坂」での役を獲得するという仕組みでした。
第2幕の配役は各メンバーが獲得した票数に応じて、第1位の「アリス」役から第16位の「トランプ 8」役まで割り振られました。
公演ごとに順位が変動するため、全メンバーが16役全てのセリフや動きを覚えなければなりませんでした。しかも、16位までに入らなければ出演すらできませんでした。
メンバーが、この「16人のプリンシパル」公演の話を聞いたのは、8月14日のZepp Nagoyaでのライブ中の出来事で、舞台初日は9月1日。つまり稽古期間はわずか2週間ほどしかありませんでした。
試練の9日間
開幕前日の8月31日、多くのマスコミや関係者が招かれ公開ゲネプロ(本番同様の通し稽古)が行われました。
第1幕が終わり16名の名前が呼ばれ、呼ばれなかったメンバーはステージから去っていきました。
舞台からはけた後、多くのメンバーが泣き出してしまいました。
その中には、デビューから人気の高かった1期生の松村沙友里さんがいました。
松村「私は向いていない」
「辞めた方がいいの」
「ここにいない方がいいと思う」
生駒「じゃあ、まっつん(松村) うちはどうなの」
松村「でも生駒は選ばれてるじゃん」
「生駒は何もできないって言っても頑張ってきたから選ばれたんでしょ」
生駒「・・・言わないで、そんなこと。じゃあまっつんは頑張ってこなかったの。なんでそうやって悲しいこと言うの。そんな悲しいこと言わないでよ」
松村さんと生駒さんが、初めて感情をぶつけ合った後、マスコミの取材が始まりました。
ステージに並ぶメンバーの一人である生駒さんに記者から質問がありました。
第1幕でメンバーが“選ばれる”というのは、やはりライバル心が燃えるものですか?
この質問を聞いた生駒さんは、「・・・すいません」と言って、記者会見中にも関わらず涙を流しながら走り出し、ひとりステージをハケてしまいました。
集まっていたマスコミは、何が起こったのかわからず、何とも言えない空気に包まれました。
この時のことについて生駒さんは、
『なんでみんな、こんなにボロボロにならなくちゃいけないんだ』、そう思っていたときに“ライバル”という言葉をぶつけられて、わかんなくなっちゃったんです。
松村さんや生駒さんだけでなく、多くのメンバーが不安と恐怖を抱えながら、乃木坂46結成以来最大の試練とも言える9日間の「16人のプリンシパル」を駆け抜けました。
短期間での役作り、毎日の自己アピール、投票されるというプレッシャーなどを経験したメンバーの多くは、この舞台のことを「忘れられない経験」「もう二度とやりたくない」と言っています。
しかし、この舞台の脚本・演出を担当した浅井さやかさんは、「この舞台が終わっても、自分をアピールして誰かと競争することは続く世界なんだよ」とメンバーに話をしたそうです。
1期生でキャプテンの桜井玲香さんは、
プリンシパルによって、それまでふわっとしていたメンバーたちが変わったというのはあります。人間の影の部分っていうか、人間の本質を引き出されたような感覚がありました。この経験によって、この後に歌うことになる乃木坂の楽曲に力を与えたんじゃないかなって思うんですよね。(乃木坂46物語/集英社)
この舞台は、翌年には「16人のプリンシパルdeux(ドゥ)」、さらにその翌年には「16人のプリンシパルtrois(トロワ)」として、第1幕で自己アピールを行い、観客の投票結果により第2幕に出演するメンバーを選ぶ形はそのままに、細かいブラッシュアップを行いながら続けられました。なお、troisには2期生も出演しています。
この「16人のプリンシパル」について、乃木坂46のマネジメント会社代表である今野義雄さんはインタビューで、
将来的に、彼女たちが一線級の役者と並んでも遜色のないように羽ばたいてほしいという思いもあるんです。『16人のプリンシパル』はそのベーシックな部分を作るためでもあり、『乃木坂46とは?』の根幹なんですよ。(「OVERTURE」No.001/徳間書店/2014年)
また、2017年には3期生により、2019年には4期生による同様の舞台が、それぞれ上演されていますが、出演者数が少ないこともあり、16人ではなく「3人のプリンシパル」となっています。
しょせんアイドルでしょ?
「16人のプリンシパル」は、2014年のtroisによって幕を閉じることになります。
これには「16人のプリンシパル」における大きな課題があったことも影響していると思われます。
「プリンシパル」は芝居を基礎から教えてもらえる場ではないので、演技力が身に付くかと言えばそう簡単でもなくて。私たちは投票システムによる舞台を、エンタテインメントとして成り立たせようと必死な部分が大きいんです。それと、今の方式だと、ファンの方は楽しめるけど、私たちを初めて見たような新規の方にはわかりにくいイベントになってしまわないかが課題ですね (日経エンタテインメント!/2015年2月号)
と、1期生の橋本奈々未さんが指摘するように、メンバーは16役全てを演じる可能性があることから、仕組み上、一つの役を磨き上げて演技力を高めるところまでには至らない状況となっていました。
そこで、翌2015年からは、次の一歩とも言える「じょしらく」「すべての犬は天国へ行く」など、乃木坂46のメンバーが多く出演する、いわゆるストレートプレイの舞台が続きました。
「じょしらく」では、公開オーディションで15名のキャストを決定し、5人ずつ3チームに分かれ、各上演ごとに異なるチームが舞台に立ちました。この5人で3組という形が、ライバル心を掻き立てると共に、メンバー同士の絆も深めました。
「すべての犬は天国に行く」は、乃木坂46のメンバーが多く出演してはいるものの、そのキャスティングは決して乃木坂46のメンバーが中心とはなってはおらず、また、劇中には過激な表現や暴力的な描写が含まれ、アイドルが出演する舞台としては、やや異質な内容でした。
しかし、そういった難しさを含む舞台を、いわばその道のプロである舞台役者と共演することにより、自分たちの力量を認識する機会でもありました。
公演前の会見で1期生の伊藤万理華さんは
こういう演劇をもっとやっていって、本格的なものもできると思ってほしい
と語っています。
メンバーたち自身も時々言っていますが、いろんな場所で「しょせんアイドルでしょ?」と見られる。そのことへの反発心はあると思います。どこの誰よりも多く、山のような種類の仕事をして、そのたびにものすごく努力をしているけれど、どこに行っても、「どうせアイドルだから本気じゃないんでしょ」と低く見られる。それが悔しいから、その専門職の人たちにどれだけ迫れるのかという戦いを、それぞれの各ジャンルでやってるんですよね。
(RealSound「乃木坂46運営・今野義雄氏が語るグループの“安定”と“課題”」)
こういった取り組みにより、演じることに意欲を高めたメンバーを中心に、乃木坂46のメンバーが舞台の世界で求められるようになり、今や多くのメンバーがドラマや舞台で活躍しているのは、偶然の産物や単に人気アイドルだからなどではなく、結成当初から明確に目指していたものの結果であると言えます。
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